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ワー クショップ・講演会

日本ラカン協 会第24回ワークショップのご案内
 
  「エディプスと女性的なるもの」

  日時:2017年10月15日 14時〜17時
  場所:専 修大学神田校舎7号館774教室
     (〒101-8425 東京都千代田区神田神保 町3-8)
  参加費:無料
  提題者:
   花田里欧子(東京女子大学)
   春木奈美子(京都大学)
  司会:立木康介(京都大学)
 
 フロイトが女児のエディプスコンプレクスの独自性(男女のエディプスコンプレクスの非対称)に気づくのは遅かった。1925年のことだ。
 男性と違って自分にはペニスがないと確認した女児は、自分がひどく「損なわれている」と感じ、男性と同じようにペニスをもつことを熱望するようになる (ペニス羨望)。同時に、自らと同じ不幸を被っている母親に幻滅し、母親から愛情を引き上げると、それをまるごと父親のほうに振り向ける。父親なら自分に ペニスをくれるかもしれない、いや、ペニスの代わりである子供をくれるかもしれない、と。そしてこのように父親に転移された欲望こそが、やがてペニスを もった男性(父以外の)への愛に、すなわちいわゆる「正常な」異性愛に、女性を導くだろう……。こうしてフロイトがたどり着いたのは、エディプスコンプレ クスと去勢コンプレクスの順序は男児と女児でまったく逆になるという認識だった。ここでは、男性性と女性性、男性の欲望と女性の欲望を、ペニスがあるか/ ないかの区別に由来する同一の論理で、つまり唯一の尺度で捉えようとする、身も蓋もないファリシズムが幅を利かせている。
 もっとも、このように去勢の一元論に支えられてのこととはいえ、フロイトがかろうじて男性性と女性性の非対称を際立たせるに至ったことは評価されてよ い。そこにフロイトを導いた要因のひとつは、母娘の前エディプス的癒着(ペニスの不在がまだ女児にとって問題にならない段階での母子密着)の重要性に遅れ ばせながら気づいたことだった。この発見は、「死の欲動」の導入に続くフロイト理論の地殻変動の陰に隠れてしまいがちだが、その晩年を代表する理論的成果 のひとつであると言わねばならない。にもかかわらず、この前エディプス的密着がもつ臨床的射程を、それを特徴づける激烈なアンビヴァレンツが女性のその後 の性生活にいかに重くのしかかるのかという実際的問題にほとんど収斂させてしまい、去勢コンプレクス以後に確立されるエディプス的な女性性のいわば余白 で、この母娘関係の名残がいかなる運命を辿りうるのかについて、フロイトがそれ以上掘り下げて追究しなかったのはいささか残念だ。実際、最晩年の名高い論 文「終わりある分析と終わりなき分析」においても、フロイトは去勢コンプレクスの二つの顕れかた、すなわち、男性における「去勢不安」と女性における「ペ ニス羨望」を、精神分析のプロセスのなかで分析家を「尋常でないほどひどく煩わせる」困難と位置づけながら、それを結局のところ分析では克服できない、そ れどころか克服する必要のない問題とみなすことで満足しているように見える。フロイトによれば、去勢不安は女性的な立場に置かれることへの強い拒否の形を とり、分析家の解釈やアドヴァイスをいっさい受けつけないというタイプの抵抗を引き起すのにたいし、「ペニス羨望」のほうは──ペニスの代理である子供が ほしい、ペニスをもった男性パートナーがほしいという願望の形をとって、根強く存続してきただけに──分析治療がこれを満たしてくれないことがわかると、 重篤な抑うつを生じさせるおそれがあるという。にもかかわらず、フロイトはそれらを、分析の作業がそこに到達すれば分析が完了したと考えてもよい「岩盤」 に帰することをためらわない。その岩盤とは、精神的なものがその上に基礎づけられるところの「生物学的なもの」であり、それに太刀打ちすることは精神分析 家の能力に余るというのである。
 このように生物学的なものへの信頼が顔をのぞかせるフロイトにたいして、ラカンの立場ははるかにラディカルだ。二つの大戦を経験したあとのヨーロッパに あって、ラカンにはもはやフロイトと同じ科学的理想を共有する必要がなかったのに加え、フロイトの時代にはまだ存在しなかった、あるいは萌芽的にしか見い だされなかったいわゆる「人間科学」(ただし、ラカン自身はけっしてこの呼び名を好まず、自らを「主体の科学」の担い手とみなしていた)の成果を参照でき る強みがあった。そこから、まさに男と女の差異についての、ラカンの次のような発言が生まれる──「私たちは今日、性の分化という問いにかんして、諸機能 の配分がいかにして、社会のなかで、〔そのつど二つの項の〕交代ゲームのかたちで根拠づけられてきたのかを知っている。それは、現代の構造主義が最もうま く説明できたことがらだ。構造主義は次のことを明らかにしたのである。すなわち、根本的な諸交換が実行されるのは姻戚関係の水準において──それゆえシニ フィアンの水準において──であり、その場合の姻戚関係とは自然による生成に、生物学上の系譜に、対立するものである、ということだ。そして、まさにそこ においてこそ、私たちは社会の動きの最も基本的な諸構造を見いだす。これらの構造は、ひとつの組み合わせを構成する諸項のうちに書き込まれなくてはならな い」(Séminaire XI, p. 138)。
 ラカンが念頭においているのは明らかにレヴィ=シュトロースの『親族の基本構造』だが、それを繙くまでもなく、この一節に込められた意図は見紛う余地が ない。性の分化に伴う諸機能や諸特徴を人間社会において支えているのは、生物学的事実ではなく、二項対立的構造をもつ「シニフィアン」の組み合わせであ る、とラカンは言いたいのだ。いいかえれば、ある個体が男もしくは女としていかに振る舞うか、いかなる配偶者を娶るか、それどころか、いかなる性格を身に つけるかに至るまで、他の動物においてならいざ知らず、少なくとも人間においては、生殖という目的に奉仕するあれこれの生物学的、生理学的、解剖学的機能 によってではなく、私たちの言語と文化を構成する要素にほかならないシニフィアンによって決定される、ということだ。ようするに、ラカンにしたがえば、話 す存在たる人間の性と生物学的性のあいだには埋めがたい断絶が存在しているのである。実際、いったんシニフィアンの構造に接続されるや、私たちの身体は本 来の生物学的事実とは根本的に切り離された別の現実──それをラカンは「象徴界」と呼ぶ──を生きざるをえない。とすれば、私たちの「性」もその例に漏れ るはずがない。両性の結合による「生殖」が、人間において、両性の関係をいささかも目的論的に規定しないことは、いまさら言うに及ばない。だからこそ、私 たちは性的にさまようことを余儀なくされもするのである。生物学的な目的性を奪われた性関係、それどころか、そのような目的からいくらでも隔たりうる圧倒 的な可変性、可塑性を与えられた男と女の関係は、何をめざし、どこに向かうのだろうか。もちろん、ここにはいかなる正解もない。人間が話す存在であ(り続 け)るかぎり、男も女もこの正解の不在だけが君臨する虚空を漂う運命を免れえない。そのことをラカンは、1970年代に一世を風靡するあの名高い、しかし いどこか謎めいた余韻を残すテーゼに凝縮して言い表したのだった──「性関係はない」と。
 このテーゼは、しかし、性関係の不在を「補填」する享楽が存在することを妨げはしない。ラカンはそこに二種類の享楽を区別する。ひとつは「ファルス享 楽」、すなわち男たちの、いや、それどころか、「去勢」のみに依拠しつつ自らの性的ポジションを決定するすべての主体たちが甘んじる享楽。それにたいし て、もう一方の享楽は、「去勢」を唯一の根拠としないことに同意する主体たち、それゆえファルス的なものが形づくる集団や享楽を「すべて」とみなすことか ら自由である主体たちに、つまりとりわけ女たちに開かれた享楽であり、カトリックの神秘体験者たちのそれにも準えられるこの享楽をラカンは「上乗せ享楽 jouissance supplémentaire」と呼ぶ。こうして、男女の差異はラカンにおいて、フロイト的な去勢の一元論から解放されると同時に、フロイトのもとでそれ が論じられていた欲望の水準とは異なり、享楽の水準で捉え直されることになる。しかし、このようにもたらされた光明は、同時に、いっそう深い陰翳を伴わず にはおかない。ラカンが去勢の彼岸に見出す女の享楽、女性たちが感じてはいても、それが何であるかを名指すことはできない「上乗せ享楽」とは、いったいい かなる享楽であり、精神分析的知がそれを捉えることはいかなる論理によって可能になるのだろうか?
 いや、私たちは、一足飛びにそこまで進まなくてもよい。いったんエディプスと欲望の水準に立ち戻り、ラカンによる新たな問いの措定に向けて、いかなる概 念の配置がエディプスの彼岸に「女性的なもの」を浮かび上がらせるのかを検討してみよう。二人の臨床家とともに。
(参考:立木康介「ラカンと女たち」I〜VI、『三田文学』No. 126〜No. 131)

春木奈美子「分析的観点から浮かび上がる女性的なものについて」
フロイトは女性について語るにあたり、ある種の失錯行為をおかしている。ときに引用元を誤ったり、ときに引用であること自体を忘却したりすることもあっ た。そうした女性性に関する「忘れられた」テキストを拾い集めたのが、Marie-Christine HamonによるFéminité Mascaradeである。そのうち、今回の発表では、ラカンも随所に言及しているJoan Rivièreの「仮装としての女性性」を取り上げつつ、母・娘・女をめぐって検討していきたい。

花田里欧子「家族臨床における「母」と「女」」
女性患者の心理臨床において、しばしば「母」と「女」が入り組みつつ立ち現れる。たとえば、なんらかの課題を抱えているとされる子ども(家族療法では Identified Patientと呼称する)自身の来談がかなわない場合、その保護者等との面談の形式をとる。このときしばしば母親に生じることとして、「母」として子ど ものことを相談しに訪れているにもかかわらず、いざ話を始めると、子どもの話はいっさいせずむしろ「女」としてその場にのぞまれることがある。本発表では 症例を通して、家族の観点を含めつつ、そのことの意味を問いたい。
 
 

以上

 


過去の講演会

  「チャー ル ズ・シェパードソン氏を囲む会」
    チャールズ・シェパードソン氏(ニューヨーク州立大学オルバニー校)
    日時 2008年7月8日(火) 18時30分〜20時
    場所 東京大学 駒場 キャンパス
              18号館4F コラボレーションルーム2
     タイトル  『「憐れみと恐れ」から「恐れと不安」へ:カントとラカン』
     使用言語 英語(質疑応答では必要に応じて通訳いたします)
 
   氏の経歴についてはこちらをご覧ください。

  ア ラン・ジュランヴィル(Alain Juranville)氏講演会
     後援:国際交流基金(The Japan Foundation)
      1. Structure et vérité (構造と真理)
        日時: 2003年11月27日(木) 17:30〜
        場所: 東京大学 駒場キャンパス 2号館 308教室
        使用言語:フランス語
      2. Lacan penseur de l’existence (実存の思索者、ラカン)
        日 時: 2003年11月29日(土) 14:00〜17:30
        場 所: 専修大学 神田校舎 7号館 731教室
        通 訳者: 原 和之(電気通信大学)
      3. L’Autre et le savoir (大他者と知)
        日 時: 2003年12月2日(火) 18:30〜21:00
        場 所: 京大会館 211号室
        通 訳者: 原 和之(電気通信大学)
     詳細はこちらを ご覧ください。

過去のワークショップ

   
第23回ワー クショップ
  タイトル:「精神病における〈父〉の諸相」
  日時: 2017年7月23日(日) 14:00〜18:00
  場所:専 修大学神田校舎7号館774教室
  司会: 小林芳樹
  提題者:大塚公一郎(自治医科大学看護学部)
  「慢性統合失調症における生殖・世代 主題」
    提題者:松本卓也(京都大学大学院人間・環境学研究 科)
  「ヘルダーリンの精神病と現代思想」
    詳 細はこちらを ご 覧ください。

 第22回ワー クショップ
 
タイトル:ヒステリー復権
  日時: 2016年10月23日(日) 14:00〜18:00
   場所:東京大学駒場キャンパス18号館3階コラボレーションルーム3
   司会:立木康介(京都大学人文科学研究所)
 提題者:久保田泰考(滋賀大学保健管理センター)
 「もし言説がなければ、ヒステリーはないのだろうか?」
‎ 提題者:小林芳樹(東尾張病院精神科医師)
 「ヒステリーと狂気のあわい(間)」
 
    詳 細はこちらを ご 覧ください。


 第21回ワー クショップ
 
タイトル:4(+1)つのディスクール:その読解 と応用
  日時: 2016年7月24日(日) 14:00〜18:00
   場所:専修大学神田校舎7号館774教室
   司会:若森栄樹(獨協大学)
  現代精神分析的思想における「ディスクールの理論」
   提題者:ニコラ・タジャン(京都大学人文科学研究所)
   「四つのディスクール」論の哲学、試論
   提題者: 荒谷大輔(江戸川大学)
 
    詳 細はこちらを ご 覧ください。

 第20回ワー クショップ
 
タイトル:
幻想の臨床
 日時:
2015年 11月1日(日) 14:00〜18:00
 
場所:専修大学神田校舎7号館774教室
  
提題者:春木奈美子(京都大学)
    幻想に公正であること−Être juste avec le fantasme
  
提題者:牧瀬英幹(大西精神衛生研究所附属大西病院)
    如 何にして我々は「不可能なもの」と向き合っていくことができるのか
   −ある統合失調症の事例の検討を通して
  
コメンテータ:立木 康介(京都大学)
  司会:原和之(東京大学)
    
詳 細はこちらを ご 覧ください。

 第19回ワー クショップ
  タイトル: 「欲望と(は)その解釈(である)」を読む
 日時: 2015年7月26日(日) 14:00〜18:00
 
場所:専修大学神田校舎7号館784教室
  『欲望とその解釈』について
   紹介者:原和之(東京大学)
  ∗∗∗

  司会
若森栄 樹(獨協大学)
  エラ・シャープの夢分析について
  提題者:諸岡優鷹(青山学院大学)
  ∗∗∗
  司会若森栄 樹(獨協大学)
  喪の作業における排除の母娘間連鎖―ケースを通して
  提題者:阿部又一郎(東京医科歯科大学)
       小林芳樹(東尾張病院)

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 第18回ワー ク ショップ
  タイトル:「逆転移」の臨床をどのように解釈するべきか
               ―
パトリック・ギヨマールの『ラカンと逆転移』
       (Patrick Guyomard, Lacan et le contre-transfert, PUF, 2011)
  日時: 2014年11月16日(日)13時30分〜17時30分
  場所:専修大学神田校舎7号館784教室
 司会    : 
平野信理事
 コメンテーター:十川幸司会員
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 第17回ワー ク ショップ
 タイトル:「転移」概念へのアプローチ
  日時: 2014年7月27日(日)13時30分〜17時30分
  場所:専修大学神田校舎7号館784教室
 司会    : 伊吹克己(専修大学)
 提題者: 小長野航太(専修大学)
        ラカンにおける転移概念の変遷と神経症の構造
  提題者: 河野一紀(京都大学)
       『饗宴』のラカン的読解―〈もの〉と対象a の中間項としてのアガルマ
 詳 細はこちらを ご 覧ください。


 
第16回ワー ク ショップ
 タイトル:精神分析における「対象」の問題
  日時: 2013年10月27日(日) 14:00〜18:00
 場所:専修大学神田校舎7号館783教室
 司会    : 原和之(東京大学)
 提題者: 荻本芳信(医療法人 アネモス会荻本医院)
         対象aと欲望、ジュイッサンスについて
         ―「不安」のセミネール、さらにその後のラカンの展開
  提題者: 上尾真道(京都大学人文科学研究所学術振興会特別研究員)
        精神分析実践とマゾヒズム―教育のドラマをめぐって
 詳 細はこちらを ご 覧ください。


 
第15回ワー ク ショップ
 タイトル:セミネール第10巻『不安』をめぐって
 日時:2013年7月21日(日) 14:00〜18:00
 場所:専修大学神田校舎 7号館783 

 
司 会 :福田大輔(青山学院大学)
 提題者:鈴木國文(名古屋大学)
  『不安の諸相と対象a―今日の精神科臨床が提起するいくつかの問い』
  提題者:原 和之(東京大学)
 『フロイト=ラカンにおける「不安」の構造』
  詳 細はこちらを ご 覧ください。

 第14回ワー ク ショップ
 タイトル:フロイト=ラカンによる「うつ」
 日時:2012年10月28日(日) 14:00〜18:00
 場所:専修大学神田校舎7号館7834教室(8F)

  タイトル:
フロイト=ラカンによる「うつ」
 
司 会 :原和之(東京大学)
   提題者:
松本卓也(自 治医科大学精神医学教室)
   
フロイトのう つ病論―Aktualneuroseをめぐって―
 提題者:河野 一紀(医療法人 竹村診療所)
   情動の「居心地悪さ」―主体のよるべなさと現代における「うつ」―
  詳 細はこちらを ご 覧ください。


 第13回ワー ク ショップ
   日時: 2012年7月29日(日) 14:00〜18:00
 場所:
専修大学神田校舎7号館731教室(3F)
 
  タイトル:カタストロフィと精神分析―東日本大震災をめぐって
 
司 会 :福田肇(樹徳中高一貫校教諭)
   提題者:斎藤環(爽風会佐々木病院/精神科医)
      原子力の享楽
   提題者:藤田博史(医療法人ユーロクリニーク/精神分析医・形成外科医)
     日本文化のなかの居心地の悪さ
 提題者:彦坂尚嘉(立教大学特任教授・アーティスト)
     FUKUSHIMAARTは可能か?
     ―彦坂尚嘉、糸崎公朗、矢内靖史の作品を媒介に
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 第12回ワー ク ショップ
 日時:2011年10月23日(日) 14:00〜18:00
 場所:専修大学神田校舎7号館774教室(7F)

 タイトル: 「死の欲動」概念の再評価
 提題者 :  福田 大輔 (青山学院大学)
  戦争神経症の発見と死の欲動の〈発見〉
 提題者 : 佐藤 朋子 (東京大学)

  「死の欲動」の導入の歴史的・理論的文脈
   ―フロイト『快原理の彼岸』の構成と主要主題
  提題者 : 向井 雅明 (精神分析相談室)
  フロイトとラカンにおける死の欲動
 
司 会  : 原 和之 (東京大学)
  詳 細はこちらを ご 覧ください。


 第11回ワー ク ショップ
 日時: 2010年8月7日(日) 14:00〜17:00
 場所:
専修大学神田校舎7号館783教室(8F)


 タイトル:"Amour et savoir : études lacaniennes"をめぐって
 
コメンテー ター:若森栄樹(獨協大学)
                 十川幸司(十川精神分析オフィス)
                 福田大輔(青山学院大学)
 応答:原和之 (東京大学)

  Kazuyuki Hara, Amour et savoir : études lacaniennes, UTCP, 2011.
  東京大学グローバルCOE「共生のための国際哲学教育研究センター」のWeb上、以下の頁にて仏語原文が参照可能です。

http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/publications/2011/04/collection_utcp_9/


 第10回ワー ク ショップ
 日時:2010年10月31日(日) 14:00〜17:00
 場所:
専修大学神田校舎7号館774教室(7F)

 タイトル:「後期ラカンへのアプローチ」
 提題者:荻本 芳信 (荻本医院)
         ラカンの sexuation―Savoir du psychanalysteのセミネール
         (1972年6月1日)を中心に
 提題者:上野 修 (大阪大学)
        真理と主体─デイヴィドソンの根元的解釈とラカン
 提題者:原 和之 (東京大学)
     言語と場所―ラカンの「オイラー図」批判から出発して
  司 会 :磯村 大 (金杉クリニック)
  詳 細はこちらを ご 覧ください。


 第9回ワーク ショップ
 日時:2011年8月7日(日) 14:00〜17:00
 場所:
専修大学神田校舎7号館774教室(7F)

  午前の部 10:00〜13:00
    テーマ:「《盗まれた手紙》についてのゼミナール」読解
   (各発表 20〜30分、質疑応答30分)
    発表者:数藤 久美子(大阪市立東生野中学校講師)
    「手紙の宛先−手紙が置き換えられる三つの場所」
    発表者:太田 和彦 (東京農工大学農学府)
    「『《盗まれた手紙》についてのゼミナール』に関する諸言及の整理の試み」
    発表者:中村 亨(中央大学商学部)
    「『《盗まれた手紙》についてのゼミナール』における
        デュパンの<情念の激発>について―空白を埋める想像」

  午後の部 14:00〜17:00
  テーマ:「Lettres―文字・手紙・文学」
  (各提題40 分、質疑応答:全体で60分)
  司会:原 和之(東京大学)
  提題者:河野 智子(明治大学兼任講師)
    「ポーの『盗まれた手紙』とオートマトン」
  提題者:斉藤 毅(獨協大学非常勤講師)
    「文字と時間―1930年代のマンデリシターム」
  提題者:野網 摩利子(東京大学助教)
    「言葉から文字へ/文字から言葉へ─漱石後期小説の運動─」

  
詳 細はこちらをご 覧ください。


 ◇第8回ワークショップ
 日時: 2009年11月1日(日) 15時〜17時
 場所:専修大学神田校舎7号館7階771教室

 
  タイトル:「こども」の情景

 企画・司会: 磯村大
 チューター:芹沢俊介(評論家)

  ディスカッサント:
川崎惣一(北 海道教育大学)・赤坂和哉(カウンセラー)
福田肇(樹徳中高一貫校教諭)・原和之(東京大学)
   詳 細はこちらをご 覧ください。


 ◇第7回ワークショップ
   日時: 2009年6月28日(日)  14:00-18:00
   場所: 専修大学神田校舎7号館(3階)731教室

   発表者:ロディオン・トロフィムチェンコ(Rodion Trofimchenko)

        (武蔵野美術大学博士課程美術理論領域/フリー・キュレーター)
    「イベントとしての美術作品の関係における アート・キュレーティングと批評
    ――
ジョルジュ・ディディ=ユベルマンとジャック・ラカンの幾つかの『キュレー
   ティング上の注目』を基にして」

   "Art Curating and Criticism in Relation to Artwork as Event,
       Based on several “curatorial remarks” by
Georges Didi-Huberman
       and Jacques Lacan"

  発表者:太田和彦(東京農工大学大学院修士課程)
  「宮澤賢治と精神分析 不道徳さと隣りあうために」
  "Miyazawa Kenji et psychanalyse ----
   pour se trouver avec une immoralité"

      司 会   福田肇(フランス・レンヌ第一大学哲学科博士課程)

   第6回ワークショップ
  日時 2008年7月27日(日) 14:00〜17:00
   場所 東京大学駒場キャンパス18号館コラボレーションルーム1
   テーマ:ラカンと日本の現在
   提題者:遠藤不比人(成蹊大学) 
「空虚な日本」という表象の精神分析
――死の欲動の美的/想像的解消について
   提題者:樫村愛子(愛知大学)
 ポストモダン日本社会におけるイマジネールと症候

  第5回ワークショップ
   日時 2007年10月28日(日) 14:00〜17:00
   場所 東京大学駒場キャンパス18号館コラボレーションルーム3

      テーマ:" 『倫理』から『カントとサド』へ "
    提題者 : 佐々木 孝次(専修大学)
         二つの<法>
   提題者 : 志津史比古(専修大学博士課程)
         アンティゴネと〈もの〉の次元 

 
  
第4回ワークショップ
   日時 2007年7月28日(土) 13時〜18時
    場所 東京大学駒場キャ ンパス 1号館108号室

   
  テーマ:
" 「カントとサド」についてのワークショップ "
    提題者: 福田 肇 (レンヌ第一大学哲学科博士課程在籍)
        「カントとサド」〜 快感原則の彼岸の倫理
        " Kant avec Sade
         -- Une éthique au delà du principe de plaisir "
    提題者 : 立木康介 (京都大学人文科学研究所准教授)
        「フロイトとサド」
        " Freud avec Sade "
    提題者 : 中島義道(電気通信大学電気通信学部教授)           
        「道徳法則に対する尊敬と根本悪」
   
詳 細はこちらをご 覧ください。
 

   
第3回ワークショップ
    日時 日時 2006年6月3日(土) 13 :00-18 :00
  
 場所 東京大学駒場キャンパス18号館コラボ レーションルーム3

   提題者 :
保科正章(保科メンタルクリ ニック)
         反復について
         ---ラカン セミネール11巻「精神分析の四つの基本概念」
            第五講「テュケーとアウトマトン」読解
   提題者 :川崎惣一(城西国際大学)
          精神分析におけるファルスのあり方をめぐって
        ----セミネール第5巻を中心に
   
提題者 :原和之(東京大学)
         セミネール第5巻にあらわれる
          ラカンの「ヒステリー」と「強迫神経症」の理解について


   第2回ワークショップ
   日時 2005年6月25日(13:00〜17:00)
           & 2005年6月26日(13:00〜18:00)
    場所 専修大学神田校舎 5 号館多目的ホール

  
 日本ラカン協会主催 精神分析ワークショップ
   ”Lecture & Open Debate”
   シンポジスト:小川豊昭(名古屋 大 学教授、精神分析医)
           斉藤 環 (精神科医)
           藤田博史(精神分析医、美容外科医)
   詳細はこちらを ご覧ください。


   第 1回ワークショップ
    日時 2004年5月8日(土) 14: 00〜16:00
    場所 専修大学神田校舎7 号館782教室

     テーマ:『リアルの倫理』を巡って
     (A.ジュパンチッチ著、河出書房新社刊)
     報告者:川崎惣一(城西国際大学)