日本ラカン協会
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  新 理事長の挨拶
 
日本ラカン協会 会員のみなさま

 新型コロナウイルスの猛威のなか、いかがお過ごしでいらっしゃいますか。
 昨年12月に本協会理事長に就任致しました立木康介でございます。本来でしたら、就任後すぐにご挨拶すべきところ、すっかり気の抜けた時期になってしま い、申し訳ありません。
 正確には、昨年12月8日、本協会大会当日に行われた理事選挙の結果を受け、やはり同日、大会直後に開かれた理事会にて、新理事のお役を仰せつかったの ですが、本協会の年度は毎年10月に切り替わりますので、私の就任は2019年10月まで遡り、任期は2021年9月までということになります。
 また、このときの理事選挙の結果、理事にも入れ替わりがあり、現理事会(2019-2021)は以下の10名によって構成されています(氏名あいうえお 順、敬称略)。

 遠藤不比人(成蹊大学)
 河野一紀(梅花女子大学)
 小林芳樹(大橋クリニック)
 佐藤朋子(編集委員長・金沢大学)
 立木康介(理事長・京都大学)
 原 和之(東京大学)
 福田大輔(青山学院大学)
 福田 肇(樹徳中高一貫校)
 牧瀬英幹(事務局・中部大学)
 松本卓也(京都大学)

 おかげさまで、多彩で充実した布陣になりました。2021年まで本協会のモーターとなる顔ぶれです。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 目下、世界はCOVID-19という目に見えぬ無数の対象
aに席捲され、 それとともに口を開けた現実界の砂漠に圧倒されています。甚大な量の刺激に防壁を突破された状態にあるとフロイトが記述した心的装置にも似て、現実的なも のを受け止めるはずの象徴界はいま現代社会の至るところで麻痺し、破綻し、機能不全に陥っています。それが一方では、社会的症状の噴出(自粛や confinementという名の社会生活にかかわる制止、あるいは、とくに我が国の行政が陥っているとしか思えない集団的な知的制止──ただし、これは いま最も露骨な形で顕わになっただけであって、かねてからそこにあった症状です)や、抑圧されたものの大規模な回帰(スペイン風邪や大戦の記憶が想起され るのはもちろん偶然ではありません)として、他方では、象徴的なシステムの機能不全ゆえ、想像界がじかに現実界に晒され、作用を受けざるをえないことで生 じるすべての、ほとんど身体的といってよい動揺(自粛警察という名の攻撃性の暴発は、誤ったソリューションという意味でも立派なアクティングアウトです) として、姿を現すのでしょう。そしてそれらを通じて、現実界は、ラカンが述べたとおり、やはり同じ場所に回帰してきたのです──諸々の社会的紐帯を、した がってディスクールを、ここまでズタズタにするという、感染症に特有の場所に。
 この紛れもない試煉を前に、私たちには何が求められるのでしょうか。いや、この試煉によって、私たちは何を試されているのでしょうか。伝統的な意味論的 臨床(幻想の臨床)の水準に立ち、この惨禍の直撃を受けている現代文明の享楽装置の内壁に分厚く塗り込められていた幻想──経済生活のレベルではもちろ ん、資本主義とその市場を文字どおり支配するフェティシズム的幻想──から、いよいよ目覚めることでしょうか。あるいは、プラグマティック臨床(ボロメオ 臨床)の水準に甘んじ、感染症の現実界にこれ以上蹂躙されぬよう、現代のテクノロジーにも親和的な新種の社会的サントームを構築することでしょうか。答え はまだありません。しかし、この状況を、もしこう言ってよければ「ラカン的状況」と捉えて、思考を企てること、いや、解き放つこと、舞い上がらせること が、この瞬間を生きるラカン学徒に課せられるチェレンジであることはおそらくまちがいありません。
 私たちの協会が、その先鞭をつけるとはいわないまでも、そうした試みを鼓舞する場となりうることを、願っております。

 本協会では、毎年度、統一した作業テーマ(夏・秋のワークショップ、および大会シンポジウムに一貫性を与えるテーマ)を設定しています。今年度、及び来 年度(2020-21)は、ラカン生誕120周年となる2021年に向けて、例外的に二年間にわたり、「ラカンはいかにしてラカンになったかLes formations de Jacques Lacan」という テーマを軸に活動して参ります。フランス語の副題(ジャック・ラカンが受けた育成、専門的教育、あるいは、それらの訓練によるラカンの「形成」)が表すと おり、精神分析家ジャック・ラカンの思考が、いやその知性が、いかなるディシプリンによって、そしていかなる形で──いかなるストレートな影響や受容、あ るいは反対に、曲解や変形(現代のラカン派を代表するひとりピエール=アンリ・カステルに倣い、あえてビオン的な意味でこの語を用いたく思います)を伴っ て──形成されてきたのかを、いま一度じっくりと見直していこうという試みです。
 ところが、COVID-19がもたらした現勢恐怖症(フロイトが「現勢神経症」というタームを用いる際の意味もこめて、こう呼んでみます)に本協会も無 縁ではいられない以上、残念ながら、今年度から来年度にかけては、本協会の年間スケジュールを、9月に予定されている機関誌の刊行以外、通例どおりに進め ていくことが困難になりそうです。実際、本便にて早速、夏WSの延期についてお知らせしなくてはなりません。
 しかし、先に述べましたように、目下の状況によってラカン学徒に課せられる思考のチャレンジにすすんで臨む務めを本協会が忘れることはありません。 ヴァーチャルな手段も含めて、開催形態の変更なども考慮に入れつつ、この数年いよいよ旺盛になりつつある本協会の活動を継続して参る所存です。みなさまも どうぞ、本協会にご意見、ご要望をお寄せください。本協会の器を使った研究会や読書会などのご提案もお待ちしております。
 この現実界の砂漠を、ご一緒に、したたかに生き延びて参りましょう。
 まずはどうぞよきセメスターを。

2020年 5月13日
立木康介