1.論文投稿規定
日本ラカン協会論集『I.R.S.─ジャック・ラカン研究─』への投稿規定の要点は以下の通りです。
| 内容 | ジャック・ラカンおよび精神分析に関する未発表の学術論文 |
| 応募資格 | 日本ラカン協会会員 (ただし、当該年度前年までの会費納入を条件とする) |
| 枚数 | 400字詰め原稿用紙で50枚(2万字)程度 |
| 締切と刊行 | 原則として例年、6月末日、12月末日を締切とし、審査を行う。いずれで採用されたものも、刊行は翌年の夏頃を予定 |
投稿の形式等の詳細につきましては投稿規定のファイルをご参照の上、ご不明の点等は事務局までお問い合わせください。
2.論集頒布
論集『I.R.S.―ジャック・ラカン研究―』は、第1号〜第23号の各号に残部がございます。ご希望の方には、第1号〜第8号は1部1,200円、第9/10号については1部2,000円、第11号〜第21号は1部1500円、第22号以降は1部2000円で(これに送料・梱包料が加算されます)おわけすることができます。なお第22号以降は編集方式の変更および物価高騰に伴い頒布価格を見直すことになりました。ご理解いただけましたら幸いです。
・お申し込みの手順:
まず、事務局へ必要事項をメールでお知らせください。必要事項:氏名・送付先・希望号数・冊数・領収の必要/不要.送料など確認事項を記載したメールを差し上げます。
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それに対するご返信を待って論集をお送りいたします。同封の郵便振替用紙(振込手数料は希望者負担)により、2週間程度以内に、費用をお振込みください。
口座番号:00110-9-604146
口座名義:「日本ラカン協会事務局」
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口座名義:「日本ラカン協会事務局」
なお、ご注文の内容によって、発送までに要する時間や送料が変わって参ります。お手元に届くまで多少お時間を頂戴する場合がございますが、あらかじめご了承下さい。
※論集『I.R.S.―ジャック・ラカン研究―』について、大学図書館等への公費での納入が可能になりました。詳細については事務局までお問い合わせください。
※論集『I.R.S.―ジャック・ラカン研究―』について、大学図書館等への公費での納入が可能になりました。詳細については事務局までお問い合わせください。
3.論集目次
| 第24号(2025年) |


| 第23号(2024年) |

| タイトル | 執筆者 | |
| 【特集:自閉症の臨床、子どもの臨床】 | ||
| 【自閉症の臨床、子どもの臨床】 | ||
| 夏のワークショップ「AutismeとPsychose ordinaire」 | 牧瀬英幹 | 4 |
| Autismeに関しての覚書 | 白石 潔 | 6 |
| Psychose ordinaireと「普通という狂気」 | 小林芳樹 | 20 |
| 秋のワークショップ「現代ラカン派精神分析における身体」 | 福田大輔 | 33 |
| 空への飛び降り:イレーヌ症例(『言葉にとらわれた身体』の一症例の要約) | エレーヌ・ボノー/福田大輔訳 | 35 |
| イレーヌ症例をめぐるエレーヌ・ボノー氏との質疑応答 | 森 綾子 | 41 |
| 大会シンポジウム「自閉症をめぐって」 | ニコラ・タジャン、松本卓也 | 48 |
| 自閉症の子どもの治療経験から得られたいくつかの仮説 | アラン・ヴァニエ/楠井玲奈、松本卓也訳 | 49 |
| 自閉症のケアにおける複数の転移について | 池田真典 | 76 |
| 『自閉症という差異』の寄与と限界 | ニコラ・タジャン/河野一紀訳 | 85 |
| 啓蒙の議論 | アラン・ヴァニエ/井上卓也訳 | 93 |
| ヴァニエ氏講演へのコメント | 立木康介 | 104 |
| 【投稿論文】 | ||
| La psychothérapie institutionnelleにおける精神病の治療論─分裂した転移の備給と脱備給、要求の迂回路 | 橋本和樹 | 111 |
| 【セミナー「『エクリ』を読む」の記録】 | ||
| 「日本ラカン協会連続セミナー:『エクリ』を読む」について | 原 和之 | 131 |
| 「「盗まれた手紙」についてのセミネール」のためのノート | 立木康介 | 133 |
| 「《私》の機能を形成する鏡像段階」試訳 | 佐藤朋子 | 154 |
| 「心的因果性についての提言」抄訳 | 河野一紀 | 161 |
| 「論理的時間と先取りされた確信の断言」試訳 | 上尾真道 | 185 |
| 「無意識における文字の審級、あるいはフロイト以降の理性」解説(第一部および第二 部) |
原 和之 | 203 |
| 【書評】 | ||
| エレーヌ・ボノー著『言葉にとらわれた身体』 | ソフィー・ラック | 234 |
| 片岡一竹著『ゼロから始めるジャック・ラカン』 | 田村萌貴 | 237 |
| 大塚公一郎著『病のレジリアンス ナラティブにおける虚偽主題』 | 西依 康 | 242 |
| ジャック゠アラン・ミレール編『底意地の悪い〈他者〉─迫害の現象学』 | 阿部又一郎 | 245 |
| 事務局報告 | 253 | |
| 編集後記 | 256 | |
| 規約 | 258 | |
| 総頁数 264頁 | ||
| 第22号(2023年) |

| タイトル | 執筆者 | |
| 【特集:セクシャルダイヴァーシティと精神分析】 | ||
| 【セクシャルダイヴァーシティと精神分析】 | ||
| 夏のワークショップ「クリプティック・セクシュアリティ―ズ」および「『性理論三篇』(1905年版)の再読」 | 松本卓也 | 4 |
| クリプティック・セクシュアリティーズ | ダリアン・リーダー/菊池壮太、石崎美侑(訳) | 6 |
| フロイト『性理論三篇』(1905年版)の再読─ヒステリー、セクシュアリティ、そして正常性の脱構築 | フィリップ・ファン・オト、ヘルマン・ウェステリンク/石﨑美侑、松本卓也(訳) | 17 |
| 秋のワークショップ「今、精神分析臨床は「性」に如何に向き合えるか」 | 小林芳樹 | 75 |
| ファルスは「それでない」、あるいは“it fiddles while Rome burns” | 久保田泰考 | 77 |
| 自閉症・性・存在 | 牧瀬英幹 | 83 |
| 「今、精神分析臨床は「性」に如何に向き合えるか」へのコメント | 上尾真道 | 101 |
| 大会シンポジウム「「クィア精神分析」の可能性:精神分析とジュディス・バトラー」 | 原 和之 | 109 |
| クィアの人々が分析的行為に触れるとき─「タクト(tact)」を再考する | ファブリス・ブールレーズ/原 和之(訳) | 111 |
| クィア理論と暴力の政治学─ジュディス・バトラーにおける生/ 性の哲学の可能性と陥穽 | 清水知子 | 127 |
| 【varia】 | ||
| 書評 Jacques Lacan, Le Séminaire, Livre XIV, La logique du fantasme | 原 和之 | 145 |
| 事務局報告 | 159 | |
| 編集後記 | 162 | |
| 規約 | 163 | |
| 総頁数 168頁 | ||
| 第21号(2022年) |

| タイトル | 執筆者 | |
| 【特集:ラカンはいかにしてラカンになったか II】 | ||
| 【ラカンはいかにしてラカンになったか II】 | ||
| 大会シンポジウム「ジョイス・結び目・精神病:『サントーム』をめぐって」 | 原和之 | 2 |
| 第四の輪と「制止・症状・不安」 | 荒谷大輔 | 4 |
| ボロメオの環の隣人愛 ─ジョイスの“鎖を解かれた残滓”のエクリチュール |
福田大輔 | 15 |
| ラカンとジョイスのR. S. I. |
今関裕太
|
43 |
| 夏のワークショップ「ブルーノ…ジョイス…ラカン、三人の異端者」 |
遠藤不比人
|
64 |
| 「ラカン、ブルーノの後で」 『ジェイムズ・ジョイス:異端者にして浪費家』 第三章 |
ジャン= ミシェル・ラバテ/片岡一竹訳 | 66 |
| ジョイス享楽(enjoycement)、あるいは、数学的崇高とマニエリスム─ジャン= ミシェル・ラバテ「ラカン、ブルーノの後で」の余白に | 中山徹 | 93 |
| ラカン的R.S.I. / hérésie の展開 | 河野一紀 | 88 |
| 秋のワークショップ「ラカンと犯罪学」 | 牧瀬英幹 | 105 |
| 刑事責任能力の諸相 | 小林芳樹 | 107 |
| 【varia】 | ||
| 解釈 | ダリアン・リーダー/石﨑美侑、ニコラ・タジャン訳 | 122 |
| 書評 福田大輔著『筋肉のメランコリー―ラカンとともに読む三島由紀夫』 | 井上隆史 | 139 |
| 書評 工藤顕太著『精神分析の再発明―フロイトの神話、ラカンの闘争』+『ラカンと哲学者たち』 | 上尾真道 | 144 |
| 事務局報告 | 155 | |
| 編集後記 | 158 | |
| 規約 | 160 | |
| 総頁数 165頁 | ||
| 第20号(2021年) |

| タイトル | 執筆者 | |
| 【特集:ラカンはいかにしてラカンになったか Ⅰ】 | ||
| 【ラカンはいかにしてラカンになったか Ⅰ】 | ||
| 大会シンポジウム「ラカンとフランス精神医学」 | 松本卓也 | 2 |
| 精神医学における構造概念の導入 ─ミンコフスキーからラカンへ |
西依康 | 4 |
| 機械論的器質論への二つの応答 ─ラカンのパラノイア論とエーの器質― 力動論 |
河野一紀 | 21 |
| 二大戦間のフランス精神医学 |
濱田秀伯
|
59 |
| 秋のワークショップ「非理性、文学、精神分析―1930 年代フランスの思索と実践」 |
佐藤朋子
|
68 |
| 意識化のプロセスをめぐって ─ジョルジュ・バタイユにおける「異質学」と「聖社会学」 |
石川学 | 70 |
| 《非理性的間隙》 ─三〇年代ラカンの思想背景 |
上尾真道 | 93 |
| 冬のワークショップ「精神分析と人類学」 | 小林芳樹 | 117 |
| 精神分析と構造人類学 ─自然と文化の結節点をめぐって |
岡安裕介 | 119 |
| 如何にして分析における転回点を捉え、介入することが可能となるのか ─ラカンとレヴィ゠ストロースの理論的接点をもとに考える |
牧瀬英幹 | 132 |
| 【varia】 | ||
| 書評 岡安裕介著『言語伝承と無意識―精神分析としての民俗学』 | 伊吹克己 | 164 |
| 書評 立木康介著『女は不死である―ラカンと女たちの反哲学』 | 春木奈美子 | 180 |
| 書評 ジョージ・マカーリ著『心の革命―精神分析の創造』 | 井上卓也 | 187 |
| 書評 西見奈子編『精神分析にとって女とは何か』 | 遠藤不比人 | 197 |
| 第二代理事長 若森栄樹先生への謝辞 | 原和之 | 205 |
| 事務局報告 | 207 | |
| 編集後記 | 210 | |
| 規約 | 211 | |
| 総頁数 216頁 | ||
| 第19号(2020年) |

| タイトル | 執筆者 | |
| 【特集:フロイディズム再考/再興】 | ||
| 【フロイディズム再考/再興】 | ||
| 2020 年7 月、コロナ禍のなかの精神分析 | 十川幸司 | 2 |
| 精神分析と哲学のあわいに | 藤本一勇 | 9 |
| 「反哲学」としての精神分析 ──バディウによる「ラカン」 |
原和之 | 39 |
| 死の欲動とイデア ──ジジェク的存在論から「芸術の終焉」以後の芸術へ |
中山徹
|
69 |
| 精神分析という道 |
平野信
|
92 |
| 精神分析運動と「実直の倫理」 | 比嘉徹徳 | 103 |
| ベルリン精神分析インスティテュート ──その成立から繁栄、そして衰退まで |
藤井あゆみ | 123 |
| 〈公募論文〉 | ||
| 脱構築と精神分析 ──ジャック・デリダにおける死の欲動の問い |
工藤顕太 | 144 |
| 分析の終結はいかにしてもたらされるのか? ──フロイトの大義派でのパスの実践と理論的前進 |
河野一紀 | 166 |
| 【varia】 | ||
| 書評 十川幸司著 『フロイディアン・ステップ 分析家の誕生』 | 佐藤朋子 | 200 |
| 事務局報告 | 207 | |
| 編集後記 | 210 | |
| 規約 | 211 | |
| 総頁数 216頁 | ||
| 第18号(2019年) |

| タイトル | 執筆者 | |
| 【特集:ポスト68年のラカン】 | ||
| 【ポスト68年のラカン】 | ||
| 彼岸の女たち──マルグリット・デュラスの方へ | 春木 奈美子 | 2 |
| 〈精神分析と政治(プシケポ)〉によるポスト68年5月 | 佐藤 朋子 | 26 |
| ジャン・ウリと自己のプリコラージュ的創造 | 武田 宙也 | 48 |
| ラカン・マルクス・セクシュアルレボリューション |
上尾 真道
|
67 |
| 「68年5月」と精神分析の未来 ──出来事についてラカンは何を語ったか |
工 藤 顕太
|
90 |
| Evidenceではなくexperience | 小林 芳樹 | 112 |
| 〈公募論文〉 | ||
| 「具体的なもの」の科学 ──ポリツェルの具体心理学と初期ラカン |
井 上 卓也 | 128 |
| 『死者の書』に描かれた幻想 ─千と一体の仏像と日本人 | 岡安 裕介 | 153 |
| 【varia】 | ||
| 書評 松本卓也著『享楽社会論』 | 工 藤 顕太 | 180 |
| 書評 ジャック=アラン・ミレール監修・森綾子訳 『精神分析の迅速な治療効果』 |
伊吹 克己 | 184 |
| 事務局報告 | 189 | |
| 編集後記 | 192 | |
| 規約 | 182 | |
| 総頁数 198頁 | ||
| 第17号(2018年) |

| タイトル | 執筆者 | |
| 【特集:今日のエディプス】 | ||
| 【今日のエディプス】 | ||
| ンデンブ族の医師によるスキゾ分析 | 山森 裕毅 | 2 |
| 性の多様性に向き合うラカン ─「もう一つのエディプス」から出発して |
原 和之 | 20 |
| 統合失調症における「生殖・世代」主題と「例外‒ への‒ 推進」 ─統合失調症慢性形態における妄想発展のメカニズム |
大塚 公一郎 | 44 |
| 【エ ディプスと女性的なるもの】 | ||
| ワークショップ「エディプスと女性的なるもの」 | 立木 康介 | 66 |
| 島尾マヤの声なき語りに関する予備的検討 ─病歴と症状について |
花田 里欧子 | 68 |
| 夢・死・言語─負の遺産をめ ぐって | 春木 奈美子 | 95 |
| 〈公募論文〉 | ||
| コギト、事後性、パス ─ジャック・ラカンにおける精神分析の自己規定をめぐって |
工 藤 顕太 | 130 |
| 大学のハラスメント相談における加害者とされる者への対応に関する一考察 ─大学人のディスクールの一具体化としての加害者のディスクールを通して |
赤坂 和哉 | 154 |
| 【varia】 | ||
| 上尾真道著『ラカン 真理のパトス ―1960年代フランス思想と精神分析』書評 |
若森 栄樹 | 174 |
| 事務局報告 | 177 | |
| 編集後記 | 180 | |
| 規約 | 182 | |
| 総頁数 187頁 | ||
| 第16号(2016年) |

| タイトル | 執筆者 | |
| 【特集: 4 (+1)つのディスクール】 | ||
| 秋葉原連続殺傷事件と資本主義のディスクール | 福田 大輔 | 2 |
| フロイト= ラカンの集団心理学と社会的紐帯 ― ヘイトスピーチとレイシズムの事例から |
松本 卓也 | 28 |
| 現代日本における父・知なき主人のディスクール | 小林 芳樹 | 41 |
| もし言説がなければ、ヒステリーはないのだろうか? | 久保田 泰考 | 60 |
| 現代精神分析的思想における「ディスクールの理論」 | ニコラ・タジャン | 71 |
| 「4 (+1)つのディスクール」論の哲学、試論 | 荒谷 大輔 | 84 |
| 〈公募論文〉 | ||
| ダニエル・ラガーシュ「病理的な喪」における喪の理論と観察 | 岸井 悟 | 96 |
| 貴種流離譚考 ― ディスクールから発生する主体の物語 |
岡安 裕介 | 116 |
| 事務局報告 | 147 | |
| 編集後記 | 151 | |
| 規約 | 152 | |
| 総頁数 157頁 | ||
| 第15号(2017年) |

| タイトル | 執筆者 | |
| 【特集:欲望の弁証法】 | ||
| ガタリ= ドゥルーズ ─『アンチ・オイディプス草稿』における分裂分析と新たな主体性の生産 |
佐藤 嘉幸 | 2 |
| 「アンテ・アンチ・オイディプス」あるいはもう一つの「オイディプス」 ─ラカンの「欲望の弁証法」とドゥルーズの「動的発生」 |
原 和之 | 25 |
| 夢と幻想の相違 ─エラ・シャープの夢分析症例のラカンによる再解釈 |
諸岡 優鷹 | 67 |
| 幻想に公正であること | 春木 奈美子 | 78 |
| 如何にして我々は「不可能なもの」と向き合っていくことができるのか ─ある統合失調症の事例の検討を通して |
牧瀬 英幹 | 102 |
| 〈公募論文〉 | ||
| 「表象代理」をめぐるフロイトとラカンの交差 ─『精神分析の倫理』におけるラカンのフロイト読解から |
井上 卓也 | 120 |
| 編集後記 | 146 | |
| 規約 | 147 | |
| 総頁数 152頁 | ||
| 第14号(2016年) |

| タイトル | 執筆者 | |
| 【特集:盗まれた手紙】 | ||
| 「盗まれた手紙」についてのセミ ネール Le Séminaire sur « La lettre volée », dans La psychanalyse n° 2, 1956 pp. 1-44. |
ジャック・ラカン Jacques Lacan 若森 栄樹 訳 |
2 |
| 座談会 ―ラカンの「『盗まれた手紙』についてのセミネール」をめぐって |
巽 孝之・笠井 潔 立木 康介・原 和之 磯村 大・若 森 栄樹 |
36 |
| 『盗まれた手紙』における、〈見る〉ことと〈男性的立場〉について ―語 り手の役割から考える |
中村 亨 | 97 |
| 或る読書 | 岡本 広由 | 110 |
| 「単なる規則の限界の彼方で」 ― エドガー・アラン・ポーによる「分析」 |
原 和之 | 138 |
| 【varia】 | ||
| うた―保科正章氏を偲ぶ | 若森 栄樹 | 190 |
| 事務局報告 | 193 | |
| 編集後記 | 198 | |
| 規約 | 199 | |
| 総頁数 204頁 | ||
| 第13号(2016年) |

| タイトル | 執筆者 | |
| 【特集:転移】 | ||
| セミネール第8巻「転移」 第2部「欲望の対象と去勢の弁証法」をめぐって(1) |
若森 栄樹 | 2 |
| 臨床に必要となる分析的なもの ―転移と臨床家の育ち方 |
磯村 大 | 15 |
| 転移、逆転移から精神分析体験へ ―リトルとラカン より |
平野 信 | 21 |
| ラカンの欲望のグラフにみる転移概念 | 小長野 航太 | 41 |
| 『饗宴』のラカン的読解 ―〈もの〉と対象a の中間項としてのアガルマ |
河野 一紀 | 70 |
| 【逆転移とラカン派臨床】 | ||
| ワークショップ「逆転移とラカン派臨床」 | 立木 康介 | 92 |
| ラカンと逆転移 ―転移の余波 Lacan et le contre-transfert : le contre-coup du transfert |
パトリック・ ギュイヨマール Patrick Guyomard 原 和之 /福田 肇 立木 康介 /福田 大輔 抄訳 |
94 |
| ラカンにおける逆転移について ―いくつか の開かれた問い À propos du contre-transfert chez Lacan : Quelques questions ouvertes |
マリリア・エゼ ンスタン Marilia Aisenstein 立木 康介 抄訳 |
140 |
| ジャン=ルイ・バルダッチ 「精神分析への転移と精神分析家の欲望」の要約 |
福田 大輔 | 151 |
| 【varia】 | ||
| 幻想、欲望、法 Fantasme, désir et loi |
ピエール・ブ リュノ Pierre Bruno 立木 康介 訳 |
164 |
| 阿闍世 = 親鸞 vs. オイディプス = フロイト ―精神分析学的知見と近代日本文化(その2:原担山) |
石澤 誠一 | 175 |
| 編集後記 | 232 | |
| 規約 | 233 | |
| 総頁数 238頁 | ||
| 12号(2014年) |

| タイトル | 執筆者 | |
| 【特集:不安】 | ||
| 「不安」とその対象 ―ラカンのセミネール「不安」を読むために |
若森 栄樹 | 2 |
| 新たな経験としての反復、という逆説 ―キルケゴール「不安」論のコンテクスト |
藤野 寛 | 16 |
| ハイデガーの「不安」の場所としての「言葉」 ―トラークルの詩 の場所「別れ去り」 |
斧谷 彌守一 | 38 |
| フロイト=ラカンにおける「不安」 ―構造論的アプ ローチとその射程 |
原 和之 | 65 |
| 精神分析実践とマゾヒズム ―教育の舞台装置 |
上尾 真道 | 88 |
| 【varia】 | ||
| ラカンと三値論理 | 荻本 芳信 | 120 |
| 〈公募論文〉 | ||
| ジョルジュ・ディディ=ユベルマンと ジャック・ラカンにおける「蝶イメージ」 |
ロディオン・ト ロフィムチェンコ | 146 |
| ラカンの「論理的時間」と ジジェクの「信じていると想定された主体」 |
土 佐 厳人 | 174 |
| 事務局報告 | 191 | |
| 編集後記 | 195 | |
| 規約 | 196 | |
| 総頁数 201頁 | ||
| 第11号(2013年) |

| タイトル | 執筆者 | |
| 【特集:うつ】 | ||
| ラカン理論から「うつ病」を考える | 内海 健 | 2 |
| うつとネオリベ/リスク社会 | 樫村 愛子 | 16 |
| 「うつ」についての精神分析的見地 | 向井 雅明 | 38 |
| フロイト=ラカンのうつ病論:Aktualneurose をめぐって | 松本 卓也 | 51 |
| 情動の「居心地悪さ」:主体のよるべなさと現代における「うつ」 | 河野 一紀 | 78 |
| 【varia】 | ||
| 三島由紀夫 家族の見掛け(サンブラン)と対象a の弁証法 | 福田 大輔 | 106 |
| 「死の欲動」の導入:『快原理の彼岸』の構成と主要モティーフ | 佐藤 朋子 | 130 |
| 〈公募論文〉 | ||
| 象徴の母胎としての集団:「13 という数と疑念の論理形式」読解 | 伊藤 啓輔 | 154 |
| 欲望の悲劇:ジャック・ラカンによる『ハムレット』読解をめぐって | 柵瀬 宏平 | 180 |
| 事務局報告 | 205 | |
| 編集後記 | 208 | |
| 規約 | 209 | |
| 総頁数 214頁 | ||
| 第9/10号(2012年) |

| タイトル | 執筆者 | |
| 日本精神分析再考 | 柄谷 行人 | 3 |
| 日本ラカン協会読書会報告 ―「『盗まれた手紙』についてのセミネール」冒頭部読解 |
若森 栄樹 | 13 |
| 【実践と臨床】 | ||
| 00年代のラカン派 | 立木 康介 | 34 |
| 精神分析における臨床について | 向井 雅明 | 52 |
| 【日本社会のいじめ問題】 | ||
| 精神分析的「子ども」における事後性によるいじめの幻想化 ―隠蔽記憶としてのいじめ |
赤坂 和哉 | 70 |
| いじめ問題によせて ―中間集団としての学級をめぐって |
川崎 惣一 | 86 |
| 【精神分析と文学】 | ||
| 三島由紀夫 筋肉のメランコリー | 福田 大輔 | 106 |
| 主体の組成と解体 ―漱石『明暗』の文字によって |
野網 摩利子 | 138 |
| 文学作品における「詩的なもの」 ―ラカンとマンデリシュタームの手紙 |
斉藤 毅 | 165 |
| 宮沢賢治と精神分析 ―奇妙さと隣り合うために |
太田和彦 | 189 |
| 【精神分析と人文社会科学】 | ||
| 真理・意味・主体 ―デイヴィドソンの根元的解釈とラカン |
上野 修 | 214 |
| 回帰する人民 ―ポピュリズムと民主主義の狭間で |
布施 哲 | 236 |
| 無意識の構造/構造の無意識 ―マッテ・ブランコの対称性の射程 |
中野 昌宏 | 264 |
| 【フロ イト=ラカン研究】 | ||
| Sexuationの式 ―Le savoir du psychanalysteの1972年6月1日のアントゥルティアンを中心に |
荻本 芳信 | 298 |
| 〈公募論文〉 | ||
| 要素現象(基礎的現象) ―ヤスパースからラカンへの隠された道 |
松本 卓也 | 334 |
| アルチュセールのイデオロギー批判における精神分析的側面 | 土佐 厳人 | 357 |
| フロイトと哲学空間 | 小長野 航太 | 385 |
| 事務局報告 | 409 | |
| 編集後記 | 414 | |
| 規約 | 415 | |
| 総頁数 420頁 | ||
| 第8号(2011年) |
| タイトル | 執筆者 | |
| 〈シンポジウム〉 | ||
| 日本精神分析再考(※お詫びと訂正) | 柄谷 行人 | 3 |
| 日本における精神分析の可能性と不可能性 | 若森 栄樹 | 22 |
| 阿闍世 = 親鸞 vs. オイディプス = フロイト ―精神分析学的知見と近代日本文化(その1) |
石澤 誠一 | 38 |
| 〈論文〉 | ||
| 「空虚なる日本」の精神分析 ―あるいは、死の欲動の美的/暴力的解消について |
遠藤 不比人 | 79 |
| ポストモダン日 本社会におけるイマジネールと症状 | 樫村 愛子 | 102 |
| 象徴界は衰退しているのか | 萩原 優騎 | 123 |
| 「ふつうの精神病」の一症例 | 森 綾子 | 155 |
| 〈翻訳〉 | ||
| 資本主義を讃えて ―ラカン以後 に構想しうる資本主義について Eloge du capitalisme – Sur le capitalisme tel que nous pouvons le concevoir après Lacan |
アラン・ジュラ ンヴィル Alain Juranville 藤岡 俊博 訳 |
188 |
| 現代哲学の根本的な矛盾とその体現者カール・シュミット La contradiction fondamentale de la philosophie contemporaine et son incarnation en Carl Schmitt |
アラン・ジュラ ンヴィル Alain Juranville 柵瀨 宏平 訳 |
219 |
| 現代思想の矛盾に対する解決策としての無意識 L’inconscient comme solution à la contradiction de la pensée contemporaine |
アラン・ジュラ ンヴィル Alain Juranville 柵瀨 宏平 訳 |
255 |
| 事務局報告 | 294 | |
| 規約 | 304 | |
| 日本ラカン協会役員一覧 | 311 | |
| 総頁数 311頁 | ||
(※) お詫びと訂正
柄谷氏の講演は私が録音を起 こしたものを手違いで掲載しています。決定稿「日本精神分析再考」は本機関誌の次号に掲載の予定です。柄谷氏および皆様には深くお詫び致します。
日本ラカン協会理事長 若森栄樹
| 第7号(2009年) |
| タイトル | 執筆者 | |
| Das Ding そして超自我の方へ | 保科 正章 | 2 |
| 限界を象る、あるいはシニフィアンからファルスへ | 原 和之 | 21 |
| ヴァージニア・ウルフにおける創造の幻視的過程と感覚の役割 La sensation dans le processus visionnaire de la création chez Virginia Woolf |
アンヌ・ジュランヴィル Anne Juranville 藤岡 俊博 訳 |
77 |
| ナタリー・ジョーデルの報告への序文 | 立木 康介 | 102 |
| ラカン派応用精神分析の現在 ―施設=制度における精神病臨床 Actualité de la psychanalyse appliquée lacanienne – Clinique de la psychose dans l’institution |
ナタリー・ジョーデル Nathalie Jaudel 立木 康介 訳 |
117 |
| 公募論文 | ||
| 「否定」にみるシニフィアンの形成 | 小長野 航太 | 141 |
| 日本における漢字の運命 ―日本語の話者が精神分析を行う準備として |
佐藤 正明 | 173 |
| 書評 | ||
| 『文字と見かけの国―バルトとラカンの「日本」』 | 市村 卓彦 | 210 |
| 初代理事長 佐々木孝次先生への謝辞 | 石澤 誠一 | 234 |
| 編集後記 | 236 | |
| 規約 | 247 | |
| 総頁数 240頁 | ||
| 第6号(2007年) |
| タイトル | 執筆者 | |
| フロイトと「性」 ―ラカンのシニフィアンと性、日本の近代化と性 |
石澤 誠一 | 3 |
| 斜めから読むフランス精神分析 ―心理学の歴史と医療人類学からの視線 |
福田 大輔 | 129 |
| 隣人愛から非人間的戦争へ De l’amour du prochain à la guerre inhumaine |
ベルナール・バース Bernard Baas 福田 大輔 / 伊藤 啓輔 訳 |
153 |
| 反復 | 保科 正章 | 180 |
| 規約 | 199 | |
| 総頁数 203頁 | ||
| 第5号(2006年) |
| タイトル | 執筆者 | |
| 精神分析と日本人に合った精神療法 | 佐々木 孝次 | 2 |
| 「ラジオフォニー」の翻訳とラカンの文体 | 市村 卓彦 | 21 |
| サディズム/メランコリーの倫理 ―メラニー・クラインを読むジュディス・バトラー |
遠藤 不比人 | 40 |
| 現実界のシニフィアンとしての青について | 水上 雅敏 | 62 |
| 公募論文 | ||
| ラカン的臨床への助走 ―ジャック・アラン・ミレールの議論を通して |
赤坂 和哉 | 76 |
| ヴァカンスの問題 ―コジェーブ、サガン、ラカンにおける『歴史の終焉』以後の問題 |
入江 容子 | 101 |
| 絵画と構造 ―ラカンの『ラス・メニーナス』論をめぐって |
片山 文保 | 129 |
| 分析家デュパンの道徳性 ―「法則」と無意識をめぐる考察 |
河野 智子 | 157 |
| 「局所論的退行」について ―フロイトにおける退行の観念の起源から1917年までの発展の分析 |
佐藤 朋子 | 180 |
| 新たな心的経済とセクシュアリティーの運命 ―フロイト、ラカン、メルマンとともに |
立木 康介 | 206 |
| 書評 | ||
| いまこそ、ラカンを ― The Cambridge Companion to LACAN |
川崎 惣一 | 237 |
| ジョエル・ドールの『ラカン読解入門』 | 西尾 彰泰 | 250 |
| 『精神分析学を学ぶ人のために』 | 番場 寛 | 266 |
| 事務局報告 | 276 | |
| 規約 | 279 | |
| 総頁数 283頁 | ||
| 第4号(2005年) |
| タイトル | 執筆者 | |
| 森田療法と精神分析 ―心理療法におけることばの意味 |
佐々木 孝次
|
2 |
| V,F, a | 立木 康介 | 52 |
| ラカンのドラの症例解釈における差異と反復 | 番場 寛 | 86 |
| 『万物理論』、科学ユートピア、想像的なものの消失 | 村山 敏勝 | 111 |
| 言語から性へ ―欲望の弁証法における「幼児の性理論」の位置をめぐって |
原 和之 | 128 |
| セクシュアリティ | 保科 正章 | 148 |
| オイディプス・コンプレックスの射程(1) | 若森 栄樹 | 159 |
| 公募論文 | ||
| 交替劇を導く「狂気」 ―ポーの「ライジーア」に読む原光景への心的軌跡 |
河野 智子 | 197 |
| 第二の死とアイデンティティ ―象徴界のリミット |
志津 史比古 | 219 |
| 書評 | ||
| 『翻訳とはなにか』柳父章の翻訳論(2) ―カセット効果について |
佐々木 孝次 | 238
|
| 精神分析的倫理の可能性 ―ジョアン・コプチェク 「〈女〉なんていないと想像してごらん 倫理と昇華」 |
川崎 惣一
|
273
|
| 想像的なものの再考に向けて ―ステファン・ティビエルジュ『身体イマージュの病理学』 |
福田 大輔 | 287
|
| 事務局報告 | 333 | |
| 規約 | 336 | |
| 総頁数 340頁 | ||
| 第3号(2004年) |
| タイトル | 執筆者 | |
| アラン・ジュランヴィル氏 日本講演 | 原 和之 | 2 |
| 実存の思索者ラカン Lacan penseur de l’existence |
ア ラン・ジュランヴィル Alain Juranville 原 和之 訳 |
4
|
| 〈他者〉と知 L’Autre et le savoir |
アラン・ジュランヴィル Alain Juranville 原 和之 訳 |
40 |
| ラカンの光学シェーマと『マトリックス』、あるいは『海辺のカフカ』 | 枝 川 昌雄 | 73 |
| 森田療法と精神分析 ―精神療法における言葉の意味 |
佐 々木 孝次
|
106 |
| ポストモダンにおけるメランコリーと倒錯 | 樫村 愛子 | 148 |
| 書評 | ||
| 「秘」の思想 ―柳父章の翻訳論 |
佐 々木 孝次 | 185 |
| 原和之著『ラカン哲学空間のエグソダス』 | 田 中 求之 | 220 |
| 無限の課題としての倫理 ―アレンカ・ジュパンチッチ著 『リアルの倫理――カントとラカン』 |
川 崎 惣一 | 228 |
| 事務局報告 | 241 | |
| 規約 | 245 | |
| 総頁数 250頁 | ||
| 第2号(2003年) |
| タイトル | 執筆者 | |
| フロイトの判断論 | 石 澤 誠一 | 3 |
| 解釈と暴力 | 佐 々木 孝次 | 144 |
| 揺動する水面 ―瞬間、審級、執存 instant, instance, insistence |
原 和之 | 161 |
| 公募論文 | ||
| 精神分析の新しい衣服 | 岩 野 卓司 | 188 |
| 構造と反復 | 片 山 文保 | 217 |
| 書評 | ||
| 日本語における「意味」 ―イザヤ・ベンダサン『日本教について』再読 |
佐 々木 孝次
|
238 |
| フィリップ=ジュリアン著『ラカン、フロイトへの回帰 ラカン入門』 | 川 崎 惣一 | 262 |
| 一つの歴史的証言 ―ルイ・アルチュセール『フロイトとラカン―精神分析論集』 |
伊 吹 浩一 | 273 |
| 事務局報告 | 305 | |
| 規約 | 309 | |
| 総頁数 314頁 | ||
| 第1号(2002年) |
| タイトル | 執筆者 | |
| 「日本」とラカン | 佐々木 孝次 | 3 |
| 現代天皇制の起源とその帰結 ―二人の作家の反応、三島由紀夫と深沢七郎 |
若森 栄樹 | 12 |
| 精神分析と心理学 | 向井 雅明 | 46 |
| L. R. I. ―シニフィアン連鎖の場所・論(トポロジー)にむけて |
原 和之 | 66 |
| ラカンとエチカ/その象徴界を巡って | 大原 知子 | 93 |
| フロイトの症 状、ラカン Lacan, symptôme de Freud |
フィリップ・ジュリアン Philippe Julien 向井 雅明 訳 |
120 |
| 公募論文 | ||
| パラドックスと構造 | 片 山 文保 | 145 |
| 書評 | ||
| 自己主張する書物 ―石澤誠一著『翻訳としての人間』 |
佐 々木 孝次 | 170 |
| 不可能な職業のために ―十川幸司著『精神分析への抵抗』 |
原 和之 | 182
|
| 『普遍の構築』評 ―ダヴィッド=メナール著(川崎惣一訳) |
石 原 陽一郎 | 196 |
| 事務局報告 | 209 | |
| 規約 | 212 | |
| 総頁数 218頁 | ||