1. 研究発表 9:00〜12:00 (発表時間30分、質疑応答15分)
9:00-9:45 桑原 旅人(東京大学)
可能な性関係の様相──ジョイスとノーラ
司会:原 和之 (東京大学)
概要:本発表は、ラカンのセミネール『サントーム』におけ
るジェイムズ・ジョイスへの言及から可能な性関係とは何かについて論究するものである。周知のように、彼の「性関係はない」というテーゼは非常に名高いも
のである。しかしながら、ラカンは自身のこの広く浸透することになる命題に逆らって、ジョイスとその妻であるノーラとの関係を奇妙にもひとつの性関係であ
ると述べている。そこには、ジョイスによる特異な父性的次元の欠陥への埋め合わせの方法が深く関わっている。我々は、ラカンがジョイスにとってのノーラが
どのような存在であったのかを示唆するために言及している戯曲『追放者たち』に立ち返りつつ、可能な性関係の在り方を探る。
10:00-10:45 番場 寛(大谷大学)
ラカン理論における「欲望」から「剰余享楽」への展開
司会: 平野 信(こころの分析室・北小田原病院)
概要:ラカンを論じるときに常に使用せざるを得ない用語で
ありながら「欲望」に比べて明瞭でない概念の一つとして「享楽」の概念があげられる。中期にかけてのラカンの「欲望」理論においてその原因対象とされた
「対象a」は『セミネール16巻』以降「剰余享楽」と言い換えられる機会が多くなる。「享楽」という概念を明確に理解してから「剰余享楽」へと探求を進め
ようとするより、むしろ「剰余享楽」という概念を探ることを通じて「享楽」の理解へと迫ろうとする方が有効に思われる。
『セミネール第16巻』で「剰余享楽」とはマルクスの「剰
余価値」と同じものだとラカンは言うが、「剰余享楽」がどういうものかということについては説明していない。『セミネール第17巻』で初めて提示される
「四つのディスクール」ではaは「対象a」として四つの「場(place)」を同じ順序で移動していく四つの「項(terme)」の一つとして説明されて
いる。ところが『セミネール第19巻』では、「項」のaを「剰余享楽」と説明していながら、右下の「場所」を「剰余享楽」として説明している箇所がある。
これはどのように考えるべきであろうか。仮にラカンのミスだとしても、精神分析理論を学ぶ者はフロイトの「言い間違い」の分析のようにそこにラカンの何ら
かの無意識が表れているのではないかと考えることは可能であろう。
またそれがミスでないとしたら、「場所」の名でありながら
その場所を回っていく「項」の名でもあるという矛盾はどのように考えられるであろうか。『セミネール第20巻』以降、多用される「ボロメオの結び目」の常
に中心に置かれているaは「四つのディスクール」そして「資本家のディスクール」におけるaとどのような点で同じものと考えることができるだろうか。『セ
ミネール22巻』でのaの扱いも参照しながら「剰余享楽」についての一考察を提示した上で、本協会会員のご意見を聞き研究を進める手掛かりとしたい。
11:00-11:45 井上 卓也(京都大学)
「具体的なもの」の科学へ:
ポリツェルの具体的心理学とラカン(1928-1948)
司会: 立木 康介(京都大学)
概要:一人称の主体(« je
»)に帰属する事実(「個人的ドラマ」)を扱う科学として心理学を新たに規定し、この「具体的心理学」の萌芽を精神分析に見出したジョルジュ・ポリツェル
の『心理学の基礎批判』(1928)は、フランスの後続世代をフロイトの著作へ導いたことで知られる。この哲学者が心理学に関与していた期間は短く、以降
共産党の知識人としてレジスタンスに身を投じ悲劇的な最期を遂げることになるのだが、その後もとくにフランスの実存主義的・現象学的傾向をもつ哲学・心理
学・精神医学にとってポリツェルは重要な参照項であり続けた。またそれゆえに、60年代に思想の潮流が劇的に変動するなかで、ポリツェルの名は構造主義以
前、ラカン以前の古い精神分析理解の符牒としてしばしば引き合いに出されることにもなるのである。ただし、ラカンとポリツェルの実際の関係が、このように
回顧的に形成された対立図式に還元されるかどうかには疑問の余地がある。というのも、とりわけ初期のラカンのテクストにはポリツェルへの暗黙の参照が随所
に見られ、その言及は批判を伴うにせよ敬意を感じさせるものだからである。本発表ではさしあたり1940年代までに時代を限定し、ポリツェルの問題意識を
ラカンがいかに受け止めたかを検討する。両者の立場の相違を確認すると同時に、この時期におけるラカンの社会学・人類学への関心をポリツェルの「具体的心
理学」構想と照らし合わせて理解することを試みる。
2. 昼休み 12:00〜13:30
*この時間に理事会が開催されますので、理事の皆さんはご
参集ください。
3. 総会 13:30〜14:15
@ 議長選出
A 会務報告… 論集刊行に関する報告など
B 決算(2017/2018年度)審議
C 予算(2018/2019年度)審議
D 次年度活動計画について
4. シンポジウム 14:30〜18:30
ポスト〈68 年5 月〉のファルスと女性的なるもの
提題者
春木 奈美子(京都大学)
佐藤 朋子(金沢大学)
コメンテータ
花田 里欧子(東京女子大学)
司会
立木 康介(京都大学)
※ なお、大会終了後、有志による懇親会を予定しております。
お時間に余裕のある方は、こちらの方にもぜひご参加ください。
日本ラカン協会
第18回大会シンポジウム
ポスト〈68 年5 月〉のファルスと女性的なるもの
2018年12月16日(日) 14:30-18:30
専修大学神田校舎 7号館731
提題者
春木 奈美子(京都大学)
佐藤 朋子(金沢大学)
コメンテータ
花田 里欧子(東京女子大学)
司 会
立木 康介(京都大学)
「〈68年5月〉の権利要求が向けられたのは、学生・労
働者間のリンクや、性の自由、若者の解放、そして権威の批判にであって、女性たちをめぐる問いに
ではなかった。フェミニストたちは、たしかに、ソルボンヌの講堂で集会を組織した。だが、それはまだ政治的インパクトをもつ公的な出来事たりえていなかっ
た。」
そう証言するのは、1980年代からフェミニスト思想の
系譜学的研究と認識論的鋳直しに取り組み、90年代末から2000年代初頭にかけては欧州議会議
員も務めた哲学者ジュヌヴィエーヴ・フレースだ(Le Monde, Hors-série, 68 Les jours qui
ébranlèrent la
France)。68年5月、パリの学生たちの集会にて、カトリーヌ・クレマンやエリザベート・フォントネをはじめとする、当時すでに注目を集めていた若
き女性知識人たちの演説に感銘を受けたフレースは、しかし、こうした女性たちの言説が、〈5月〉の段階ではまだ公的な発言とはみなされていなかったこと、
当時の趨勢は女性たちをなお家庭に送り返す方向に傾いていたこと、それゆえ、女性の解放というスローガンが社会的な力を持つのは1970年代になってから
であったことを指摘せずにおかない。そう、〈68年5月〉は、「女たち」についての問いが公論の地平に浮かび上がるきっかけにすぎなかった。いや、おそら
くその短い「助走」だったのだ。
だが、まさにその1970年代、女たちをめぐる議論は目
に見えてかたちを変えてゆく──精神分析の内と外で。私たちに馴染みがあるのは、いうまでもなく
「内」のほうの事情だ。〈68年5月〉後にラカンの理論に起きたのは、ひとことでいえば、女性のセクシュアリティをファルスへの準拠から解き放つことだっ
た。これは、1/ 男と女の存在を規定するフィールドを欲望の地平から享楽のそれへと切り替えること、そして、2/
いまやひとつの「論理関数」と定義し直される「ファルス」への「否定」を導入すること、という二重の変更をとおして、また同時に、「性関係はない」という
名高いテーゼの肉付けと一体をなす形で、進められた。そこでは、女性とその享楽はいかなる論理のもとに位置づけ直されるのだろうか。ラカンによるこの再定
義は、女性たちが精神分析の「外」に巻き起こす運動と、いかに呼応していたのだろうか。
〈68年5月〉の50周年を記念するラカン協会のチクル
スを、いま旬を迎えつつある三人の研究者・臨床家との討議によって締めくくる。
(立木康介)
−提題概
要−
提題者:春木 奈美子(京都大学)
彼岸の女たち──ラカンの女性論に寄せて
1960年、アムステルダムで開催された「女性の性」と
題された会議で、フランソワーズ・ドルトが行った発表に対し、ラカンは「よくも(厚かましくも) 言ってくれたpour parler comme
tu parles, tu es culotée」という不可思議な「賛辞」で同意を表したという(F. Dolto, Sexualité
féminine, p.
46)。この反響が、ラカンの中で「性関係はない」というあの有名なテーゼとして結晶化することになるのは、それから10年近く後の、1969年のことで
ある。
今回の発表では、50年代のラカンのファリシズムから
70年代の女性論までを、つまり「ファルスであるêtre」女性の欲望のポジションから「すべてで
はないpas-tout」女性の享楽までを、『三田文学』での立木氏の連載「ラカンと女たち」を参照しながら見渡しつつ、68年5月後のラカン理論の潮
流、「4つのディスクール」から「性別の論理式」、そして「ボロメオの結び」と続く流れの中に現れる女性の享楽について、症例や文学を素材にしながら、で
きる限り迫ってみたい。
提題者:佐藤 朋子(金沢大学)
〈精神分析と政治(プシケポ)〉による「ポスト68年5
月」
〈精神分析と政治〉(Psychanalyse et
politique、通称Psychépo)は、フランスの女性解放運動(MLF)の中心的人物の一人であったアントワネット・フークがヴァンセンヌ大学
で1970年代初めに行ったセミネールの呼び名である。フークが同じ名のもとMLF内に組織したグループは、パリ・フロイト学派と距離を置きつつも、他方
で同学派の重鎮セルジュ・ルクレールと協力関係を結び、フロイトやラカンのテクストの読解を通じて自己定義を図りながら活動を展開した。後年のその総括に
よれば、1968年5月に起きたのは、父権制の見かけの崩壊と息子権制(filiarcat)の現出であり、同時に、打倒の身振りにおいて一致する息子た
ちの紐帯としての兄弟愛から排除される「女性」の可視化である。そして、女性の発言を契機として進展する社会の民主化について、フークの仕事は、『二つの
性がある』(1995年)とそれに続くフェミノロジー試論の連作の発表にいたるまでの長年にわたり、理論的な支柱を提供してきたのである。本発表では、
〈精神分析と政治〉が以上のように語る歴史を再検討し、言説の中心に位置するリビドーの二元論を明確にするとともに、その二元論に期待された変革の力につ
いて強度と持続性、普遍性の観点から検証を試みる。